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臨床研究によるエビデンス創出

現在のevidence-based medicine(EBM)のコンセプトは基本的にランダム化比較試験(randomized controlled trials、RCT)の結果に基づき、診療ガイドラインを通して医療の標準化に貢献しています。RCTが交絡因子の影響を排除して試験治療の効果を検証するために最も適切な手法であることは広く受け入れられている一方で、RCTの限界として、(1)患者選択基準・除外基準による実臨床との乖離、(2)臨床試験実施にかかる時間によるアナクロニズム、(3)複合エンドポイントの多用による結果の不明瞭化などが指摘されています。

登録型観察研究はリアルワールドの診療を反映し、上述したRCTの問題を補完することが期待されています。日本循環器学会によるJROAD研究や日本心血管インターベンション治療学会によるJ-PCI研究は、学会関連医療施設から保険請求データまたは冠動脈インターベンション(PCI)治療関連データを収集し、年次データベースを作成しており、診療実態を明らかにしています。また、登録型観察研究には比較的まれな病態の患者を捕捉し、RCTへのリクルートの基盤として機能する1ことも期待されています。これら登録型臨床研究の特徴を最大化するためには、診療中の検査データ、治療内容、患者転帰(アウトカム)が発生した時点で電子カルテからデータとして収集し、順次データベースに蓄積することが理想的ですが、その実現のためには人的、時間的に膨大なコストがかかると従来は考えられてきました。

電子カルテ診療データ利活用の現状

近年の情報技術の発展は医療分野にも波及し、わが国においても電子カルテが多くの病院で導入され、診療録、検査データ、レポート等の情報を集積しています。しかしながら、現在の電子カルテは診療を実施することを主眼として導入されているため、蓄積された診療情報の利活用には必ずしも適していません。特に、画像を伴う臨床検査データ、手術レポートなどは、診療録とは別の、「部門システム」に保管される場合が多く、臨床研究のためのデータ収集には困難が生じていました。

急性心筋梗塞、脳卒中を代表とした循環器疾患は、日本人の生活の質を損ねる重大な疾患領域です。事例として心筋梗塞患者の経過を想定すると、青年期から生活習慣病に代表される危険因子が検体検査によって同定され、疾患領域に特徴的な心電図、心臓超音波検査や心臓カテーテル検査のデータが経過とともに複数回記録されています。治療では、危険因子に対する薬物療法、また発症後はPCI治療レポートや二次予防の薬物療法がデータとして蓄積されます。心筋梗塞再発や心不全入院、死亡などのアウトカムに対して、それら多モダリティのデータがどのように影響を与えているを検討することは、個別患者のリスク予測や治療プロセスの評価に大変重要であり、電子的なデータ収集手法は登録型臨床研究のプラットフォームになることが期待できます。

CLIDASとSEAMAT

電子カルテから多モダリティの診療データを電子的に抽出する経路として、FIRST事業(2009〜13年、東京大学・永井良三)で開発され、電子カルテデータ交換の厚生労働省標準となったstandardized structured medical information exchange (SS-MIX)規格のデータ保存領域が使用可能となっています。現在のSS-MIX2規格は2012年に規定され、2024年の時点で日本の1000病院以上が拡張ストレージを導入しています2

CLIDAS (Clinical Deep Data Accumulation System)

CLIDAS研究グループは、日本循環器学会・臨床効果データベース事業およびImPACT事業(2015〜18年、PL:自治医科大学・永井良三)の支援を受け、電子カルテにおける患者基本情報、処方、検体検査データをSS-MIX2標準ストレージから、また、生理検査や心臓カテーテル検査・PCI治療レポート(CAIRS)3の情報をSS-MIX2拡張ストレージから施設内ネットワークを通して収集するJapan Ischemic Heart Disease Multimodal Prospective Data Acquisition for Precision Treatment (J-IMPACT)システム4、さらにJ-IMPACTの仕組みを多施設に展開し、多施設から複数のモダリティの診療データを収集する、CLIDASの開発を行ってきました。

SEAMAT (Standard Export datA forMAT)

CLIDASは多モダリティの診療データのSS-MIX2ストレージへの集積を根幹とすることから、多施設への展開には各モダリティのデータ形式の標準化が極めて重要となります。日本循環器学会 IT/Database部会は、電子カルテにおける循環器関連検査データの利活用促進を目的として、Standard Export datA forMAT(SEAMAT)5の策定を2014年から開始し、循環器領域検査データ標準化小委員会がIHE-J循環器委員会および他学会/団体と協力し、SEAMAT標準およびSS-MIX2拡張ストレージへのデータ格納に関する仕様を2016年以降、学会ホームページにおいて公開しています6。2025年4月の時点で心電図、心臓超音波、心臓カテーテル検査・PCIレポート、心臓核医学検査データの標準規格が公表されており、検査機器各社に対してSEAMATへの準拠を促進しています。SEAMATは次世代医療情報交換規格であるHL7 FHIR (Fast Healthcare Interoperability Resource)7への対応も進んでおり、ユーザである医療機関がSEAMATおよびその利点を認知することにより、さらに普及が進むことが期待されます。

患者予後(アウトカム)情報

すべての臨床研究において患者予後(アウトカム、循環器内科領域においては心血管疾患による死亡、心筋梗塞、脳卒中、冠血行再建術、出血事象など)の情報は極めて重要です。CLIDAS研究グループではデータマネージャを育成し、確実度の高い臨床予後(アウトカム)データをカルテ調査から収集・データベースに統合し、患者背景、治療介入と関連した患者予後の予測やアウトカムの要因の分析を可能とし、多くの研究成果を上げるとともに、解析に基づく産学連携研究を進めています。

最新の状況・今後の展望

CLIDAS研究グループは、令和5年(2023年)より、SIP第3期「統合型ヘルスケアシステムの構築」(プログラムディレクター 自治医科大学・永井良三)において、テーマA-1課題「臨床情報プラットフォーム構築による知識発見拠点形成」に採択され、参加施設を13施設に拡大しています。CLIDAS研究参加施設においては、複数のベンダーによる電子カルテシステム、心臓カテーテル検査レポートシステム、生理検査システムが稼働しており、SEAMAT標準を介したデータ収集、また患者によるパーソナルヘルスレコード(PHR)データの統合によるCLIDASデータベース/医療デジタルツインの構築を進めています。また、データ収集の仕組みはSS-MIX2に加えて次世代医療情報交換規格であるHL7 FHIRへの対応を進めています。CLIDASデータベース/医療デジタルツインの分析に基づき、医学知識発見、産学連携、患者支援・診療支援ソリューションの社会実装に取り組んでいます。

CLIDASは、絶えず変化する薬物療法や心血管インターベンション治療をとりまく環境のなかでも、最新の実臨床と患者アウトカムとの関連を分析するデータを提供し、産学連携や新たな医療の研究開発に資する臨床情報プラットフォームとして、医療版Society 5.0の実現に貢献することが期待されます。

学会支援・公的研究費獲得実績

臨床効果データベース事業

厚生労働科学研究費

戦略的イノベーション
創造プログラム(SIP)

参考文献

  1. James S., Rao S. V, Granger C.B.: Registry-based randomized clinical trials–a new clinical trial paradigm. Nat. Rev. Cardiol., 12:312–316, 2015. ↩︎
  2. http://www.ss-mix.org/cons/ ↩︎
  3. Kohro T, Iwata H, Fujiu K, Manabe I, Fujita H, Haraguchi G, Morino Y, Oguri A, Ikenouchi H, Kurabayashi M, Ikari Y, Isobe M, Ohe K, Nagai R. Development and Implementation of an Advanced Coronary Angiography and Intervention Database System. Int Heart J. 2012;53:35-42. Int. Heart J. 2012;53:35–42. ↩︎
  4. Matoba T, Kohro T, Fujita H, Nakayama M, Kiyosue A, Miyamoto Y, Nishimura K, Hashimoto H, Antoku Y, Nakashima N, Ohe K, Ogawa H, Tsutsui H, Nagai R. Architecture of the Japan Ischemic Heart Disease Multimodal Prospective Data Acquisition for Precision Treatment (J-IMPACT) System. Int Heart J. 2019;60:264-270. ↩︎
  5. Nakayama M, Takehana K, Kohro T, Matoba T, Tsutsui H, Nagai R. Standard Export Data Format for Extension Storage of Standardized Structured Medical Information Exchange. Circ Rep. 2020;2:587-616. ↩︎
  6. http://www.j-circ.or.jp/itdata/jcs_standard.htm ↩︎
  7. https://jpfhir.jp ↩︎

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